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  1. 脱サラ

この世界は未完成 だからこそ旅は楽しい

お久しぶりです。たびどうらくです。

いやいや、いつぶりの更新だろう。

そんなこんなで2025年も幕を開けました。

「2025年どう旅していこうかな?」

ここ最近考えていたことをまとめながら、ゆるりと旅してみようと思います。

2024年の振り返り

久しぶりにたびぶろぐを読んでみた。

自分で書いていたのに結構忘れてるもので「ああ、こう考えてたっけ」って我ながら感心する。

それでどのぐらい目標達成できたか点数をつけると「50点」ぐらい。

畑作り、カフェ作り、そこそこやれたけどハマり具合がいまいちだ。

結局のところ仕事に追われて、それを中心に旅は進む。

とは言え、悲願の国家試験は合格して何となく方向性は定まってきた。

外側の世界はと言うと、ほぼ予想通りに進んでいる。

2023年3月にコロナが終わり(前半)、2024年はインターバル。2025年からの3年間(後半)は世界の大転換期。

この変化はずっと前から言われてて、2024年から体調不良者が激増、気象変動の激化、物価上昇、社会の混乱(裏返り)が「始まる」。まさに2024年はそのようになった。

そして2025年からがいよいよ本番。つまり上記の事項が更に進むと考えられる。

でもそもそも「不安はどこから来るか」それは「人は知らないものを恐怖する」だけなので、予想していれば本を読み進めるような感覚で、むしろそれらも楽しんで俯瞰できる。

私は情報収集は2021年〜2022年で終わらせ、そこから備えも進めてきたので、正直強がりではなく本当に不安はなく、どうやって楽しんでいくかしか頭にない。

台風前夜、台風にワクワクする。

子供の頃のそんな感覚が蘇る。

2025年の持つ意味

結構色々なところで2025年は大変な年になると言われている。

年末は体調不良者が物凄く多く、息子も高熱、咳が止まらず大変だった。

職場でも体調不良者が多く、気持ち良く年が明ける感じはしなかった。

2024年元旦は地震、2025年は体調不良者の続出。何かほのぼのとした正月が懐かしく感じる。

それと相反して、各自の活発な動きも感じる。

社会が混乱している様が何だか戦時中のように思えるのは、私だけではないだろう。

おそらくだが、2025年はまさに「試される」年なのかもしれない。

生きる意味。

本当は何がしたいのか。

どんな「人生という旅」を経験したいのか。

社会に大きな渦が出現し、そこに飲み込まれるのか。

渦から脱出して、自らが渦となるのか。

これからの旅の進め方を思考する

2023年に脱サラを検討し、結局は会社に留まることを選択した。

それが良かったかどうかはわからない。

ただ、その選んだ道を私は歩いている。

シンプルにお金は必要だ。我慢はしたくない。

でもそれに執着しすぎても良くない。

会社員でいながらも「常に爪を研ぎ続けなければ」とはよく思う。

しかし人は「習慣の奴隷」で、そこを脱出しようとすると負荷がかかり、結局は留まることとなる。

ホメオスタシス 「生物において内部環境を一定の状態に保ち続けようとすること」

これがあるから、大体の人は何か思い立っても大きく生活は変わらない。わかっていても。

私は長いこと「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤してきたけど、何かそれも飽きてきた。

シンプルに楽しく無理なくやっていきたい。

そう思うと、自然と畑とカフェ空間を綺麗にしようと思い立った。

※写真は年末年始に綺麗にした畑とカフェ空間

未完成の世界を旅しよう

妻と最近ハマっている漫画がある。

「チ。」という漫画で、アニメから入って漫画も全巻揃えた。

このアニメの主題歌が「サカクション」の「怪獣」という曲なんだけど、

その曲のサビに「この世界は好都合に未完成。だから知りたいんだ。」というフレーズがある。

このフレーズが最近頭から離れない。

頓珍漢で狂った世界を真面目に生きている大多数。

その様を「おかしい」と言えず、何だか「ふりをして」生きている少数。

そして、水面下で「戦っている」ごく僅かな人達。

私はどれだろう。戦っている気がしている「ふりをした」少数?

まあ屁理屈なんてどうでもいい。

ただ、正にジェットコースターが急降下する寸前のような世界、どう生きていくかは腹を決めねばならない。

私は今年に入って、方向転換せざるを得ない出来事があった。

思い返せば、そうなる要素は昨年からあり、かなり自分自身が無理していたと思う。

私は最近よく思うのだが、全ての元凶は「情報」にあるのではないかと。

成功体験に基づく誘導、それら発信者は必ず自分の「ビジネス」をもっていて「そうでなければならない」という誘導、意図が入っている。(ビジネスを否定する訳ではなく、むしろビジネスはやるべきという立場です。ただ、受け手側はどうしても自分の考え、意図と反して誘導される立場にあるというお話しです。)

わかりやすいのは「ダイエット」とかで、理想的な身体でなければいけない気がしてくる。

私の場合は「脱サラ」で、時間とお金に縛られて生きている自分が、好きなことをして自由に生きている人と比べて無価値に感じることがよくあった。

「あった」と過去形で話すのは、それら劣等感、焦りを生むのが「情報である」ことに気づいたから。

それらピースも全て「未完成な私の世界」の一つで、苦しく感じることがあっても、ピースを見つけることができたときは、それはそれで楽しいとも思える。

日常を大切に

年明け、少し整理した「黄昏カフェ」に照明を増やしたくなって、いつも行く商店に買いに出掛けた。

その店は凄い古い物、いわゆるヴィンテージ品が安く手に入る。

何か魔女がいそうな感じの照明ないかなと思って今回この照明を手に入れた。

暗闇で灯すと何とも幻想的な空間が現れる。

他にもレトロな照明と古い瓶を手に入れた。

あくまで私の「好き」なので、何が良いかわかる人はあまりいないかもしれない。

けどそれが面白く、自分の中で「ニヤッとする」感じ。

何か外の世界は騒がしくて「ああしろ、こうしろ」と様々な「意図」を介して私をけしかけてくる。

そうでなければ私は無価値なのだろうか?

そうでない人は等しく無価値なのだろうか?

私は、何気なしに週一で映画を観る。何も考えず、何となく目に留まったものを選ぶ。

外れも多く、何か見終わって微妙になることも多い。

それで最近観た映画でNetflixで「アグリーズ」という映画とprimeビデオで「Cloud クラウド」という映画を観た。

どちらも面白いとは言い難かったが、偶然か必然か、ちょうど私の今考えていることを可視化したような映画だった。

アグリーズは「人の価値」を考えさせられる映画で「クラウド」は「お金の価値」を考えさせられた。

こういうことってよくある。

自分が選んでいるようで選ばされたり、気づいたようで気づかせられたり。

出発点は何か

試行錯誤してもう何年も経つ。もうだいぶ遠くに来てしまった気がする。

進んでも進んでも振り出しに戻るような、それでも進んでいるような。

今年の年始は、家族で旅行に出掛けた。その時に撮った「星空」の写真がサムネイルの写真。

そこで美味しいコーヒーが飲みたくて、わざわざ山で水を汲んで、その一杯の為にわざわざ道具を持って行った。

寒い中、飲む一杯は最高だったし、貴重な思い出になったと思う。

それだけの話しであれば「そんな無駄も良いよね」で終わる。

でも帰り道、ちょっとしたことで妻と口論になってしまい、非常に後悔した。

何もかもが一つに繋がったが「こうでなければいけない」という自分の強すぎる思いが、自分自身を、そして周りの人を傷つけていたように思う。

もし、この先うまくいったとして、果たしてその道で幸せになれたのだろうか?

そう思ったとき、私は闇に片足を突っ込んでしまっていたことに気づいた。

そもそも、今回の旅行は妻が家族の為に手配してくれた旅行だ。

「旅行は家に着くまでが旅行。」

「ああ、楽しかったよね。」で終わるべきだった。

ふとしたことで、それに気づき、何とか軌道修正を。それが私の今。

今回、この記事を通して一緒に旅してくれた皆さんも、何か見落としていることはないだろうか?

自分に関わってくれている人の愛をちゃんと感じ取れていますか?

スマホの中に答えは絶対にないし、外にも答えはないと思う。

自分の内側、奥の奥の奥。見たくないものがっても、それを見るからこそ「次」が見える。

日々、頑張ってればいいじゃん。

ちゃんと仕事して、その中で楽しんで、もうそれだけで立派。

これから色々あるだろう。一部ではこれから「黄金時代」と言われているが、私は「暗黒時代」になると思う。

でも、暗黒だからこそより一層「光」は目立つし、それで満たされれば、いつかはそんな時代も来るかもしれない。

たまたま旅行先で星空を見た後、地上波で「ライオンキング」があってて、こんなことを言っていた。

「星を見よ。過ぎ去りし偉大な王達(ご先祖様)が我らを見守ってくれる。」

あなたにとって大事な人、その人にとっての「星」になれればいいですね。

暗闇の中に光を探す、そして自分も人を照らせるようになるといいな。

今年も共に人生という旅を駆け抜けていきましょう。

本年もよろしくお願い致します。

2025年1月 たびどうらく

 

後日談(後から気付いた話し)

年明け挨拶に行った妻の実家で義理の父が酔っぱらってこんな話しをしていた。

「間違ったなって思ったら直ぐに立ち止まればいい。そして家族が仲良ければそれでいい。」

よく考えたら何てタイムリーな笑

そんな義父も、今年から「里山暮らし」を綴ったブログを始めました。

いくつになっても学び続けようとする姿勢が素敵です。

良ければ遊びに行ってもらえると嬉しいです。

note(ノート)

私は現在75歳。サラリーマンを退職し百姓になり20年、風邪もひかず病院とも縁がなく非常に健康です。ただ私には問題がありま…

 

 

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